荒張曹長

12.荒張曹長
 昭和六十三年七月三日…。千葉県船橋市で…「トセ二段会」の会合が開催されるのを通報して下さった「佐藤 実」氏の声を最初に電話で聞いた時、四十三年前の「トセ部隊・石渡隊」の初年兵教育係「佐藤兵長」の顔が大きく「クローズアップ」で迫ってきた…。「やぁーッ…保科君久しぶりだねぇッ…お元気でしたかぁッー……」二年も古年次兵の彼の顔が蘇り、声にも聞き覚えがあって…私は思わず緊張した。「トセ会があったのを知らなかったもんで…長い間ご無沙汰しました……、……」…その時に、初年兵以来の班長だった「荒張元軍曹」宅の電話ナンバーを教えて貰い、ダイヤルを回すと…聞こえてきた「荒張さん」の声は何故か初めての人のようだった。その顔は…昭和二十年十月に「江湾集中営舎」で別れたきりだったにも拘らず、私の瞼には焼きついていたのだが…、荒張さんの方は…どう云うわけなのか…何度、私が名乗ってもなかなか思い出してくれないのである。…私は、班長が耄碌でもしたのかなと…情けなくなり、泣き声で自分の存在を訴えたが、返事がどうにも頓珍漢で…会話にならなかったのだが…暫らくしてから少しずつ話しが通じてきた時は…嬉しくて…溢れる涙が止まらなくなった…。
 …東京上野の西郷隆盛の銅像前で二人が久方ぶりの再会をした時は、流石に荒張さんは、子飼いの部下を一目で識別し、笑い顔で近付いてきた…。「耳が遠くなって…先日は失礼した…」と…彼は言い訳をしていたが、私の方はそんなことは恨んでもいなかったから…、矢継ぎ早に、昔噺が始まったのだが、忽ち時間が過ぎてしまい…「船橋」のトセ会に…遅刻しそうになるほど…二人は夢中になった…。京成電車に乗り込んでからも…降車駅を乗り越しそうになる程話が尽きない…。…丁度、お昼どきだったので、船橋の街で二人は「寿司屋」へ入った…。一本のビールを分けて飲む…その間にも昔の噺は盛んに出てきた。…荒張さんは…辺り構わぬ興奮気味だし、私もつい吊り込まれて大声を出すものだから店に居たお客はさだめし迷惑したことであろう…。二人の戦友関係が周りに筒抜けだから…「羨ましいですねぇー…」と合い客だった年配の人に声をかけられる始末だった…。…「トセ二段会」の心暖まる雰囲気は「受け付け」の扱いから始まっていた…。旧第四分隊の「北島兵長」が玄関前までお出迎えしてくれたのだが、名前を聞くまで、誰だったのか…私には判別出来なかったのは今でも申し訳ないことだと思っている。初年兵当時の隊長だった「石渡真平中尉」は昔日の面影が今も変わっていなかった。…荒張さんは常連らしく、他の人たちとも直ぐに打ち解けて噺をしていたが、私の方は先輩の前だから…どうしても神妙になる…。何年も前の古参兵だった人も居るので…、誰が、何方やら私には分からない……。「今度の集まりじゃぁッーこの保科君に会えたのが何よりも嬉しいんだょッ…」と荒張さんは元同年兵だった人に向かって誇らしげに声を高めた…。
 …眼を患っている「大関」さんが夫人同伴で…手を繋いでいたのは…十七年も前に妻を亡くした私には印象的な「夫婦愛」の光景として…、深い感銘が残った。

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