命賜わりて (巻頭文)

14.命賜わりて (巻頭文)
 日中戦争生存秘録                      荒張千五百 

 …… 人生とは永いようでも…振り返ると短い ……
 人の一生には…いろいろな出来事があり、其処に人情のしがらみが絡みつくと云う…。殊に…。この私が…その昔に体験した軍隊生活では、ひと口に…云い表せないほど耐え忍ぶ事柄ばかりで、その全てが今もって強烈にこの…神経細胞に突き刺さった侭である。…爛熟した暖衣飽食の…軽薄短小の乱世に変貌した…現代に生きてはいるものの、これまでの私を形成した幼年期や青年時代に、この原型基盤を築いた…躍動の歩みを…敢えて抜粋し…、「苦闘記録」とも銘打つ…覚え書きとして…後世に遺しておきたかった…。このことは…今日までに何度となく試みたが、その都度…立ち消えになり、失敗を繰り返してきたのだが…。今回にしても、例え七分の出来栄えであろうとも、気にしない心算で、ごく自然に書き出してみた。…そんな衝動を胆振り出した大きな原因は、昔の戦友で…、水戸市在住の「保科」氏が…「トセ部隊戦陣余話」と題した自作の一冊を私に寄贈してくれたことが刺激となって、俄に勇気づけられ…、及ばず乍ら…と奮起して机にしがみ付き、漸く纏ったものである…。…当時の…戦場経験は大勢の人がそれぞれの立場で…「手記」を残したが、この一冊も七年間の軍隊生活の全てを凝縮したものであり、兵隊と戦争の表裏一体の実態をつき、その功罪を糾してみたい一念から書き上げたのである。事実に反することは全て振るい落とし、正直に…あるが侭の戦場体験をあからさまに展開させて、悲惨だった「皇軍」の全容を根こそぎに暴露して、現在に至っても未だ当時の軍隊を擁護しようとしている一部の「戦争賛美論者」に対抗したいという気持ちも大きかったのである…。…だが……。「戦争否定論」にする予定だったものが、仕上がってみると、何時の間にか全体としては「人間称賛論」が溢れる内容に変わっていたことを自覚した次第である。
 ……………。
 平成元年六月…。 私も七十三才を迎え…年毎にこの身体は弱ってはきたものの、既に余命は「天の采配」に任せて…、静かに遠い過去の歩みを追慕しながら、現代の世相と照らし合わせて今昔の隔たりに涙を禁じ得ない…。私が遺した、この本が近世…急速に腐敗が激しくなり、荒み切った現世の紊乱風俗に溺れる青少年諸君に「喝」を与え、反省を促す警鐘となれば嬉しいのだが………。
 救国精神昂揚の風紀を期待しつつ、一抹の希望を抱きながらも寂寞の感は否めない…。

                      荒張千五百 著   「 命 賜わりて 」より

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