野戦重砲兵第八聯隊・小史

17.野戦重砲兵第八聯隊・小史
創立
 野戦重砲兵第八聯隊は、大正十一年の軍備整備計画により本邦最初の機械化砲兵聯隊(二箇大隊、四箇中隊編成)として世田谷の野砲兵第十三聯隊及び宇都宮の野砲兵聯隊の一部(観測・通信要員)を基幹として大正十一年八月十五日創立された

所属及び徴兵区
 近衛師団、第一及び第十四師管(関東七府県及び山梨、長野県)

装備
 創立当初は、三八式十加(独、クルップ社製)とホルト牽引車(米国製)で発足したが、その後火砲は十四年式十加(開脚式)に、牽引車は三屯牽引車と其々国産化し、更に昭和十年には火砲は九二式十加、牽引車は九二式五屯牽引車に改装され、指揮官車、観測自動車、自動貨車等の自動車数も昭和十年頃より逐次国産化、制式化された。
 また 九二式五屯牽引車はその後九六式牽引車に改められた。

動員部隊の状況
 野戦重砲兵第八聯隊を母隊として動員された部隊と、その行動概要並びに戦歴は次のとおりである。

① 独立野戦重砲兵第八聯隊第四中隊(十四年式十加)
 緊急動員により昭和六年十二月現役兵を以て編成され、満州及び上海戦線に派遣され、昭和七年五月復員した。

② 独立野戦重砲兵第八聯隊(九二式十加)(第一次)
 日支事変に際し、昭和十二年八月動員下令、北支戦線に派遣され、各地に転戦した後、昭和十四年七月復員した。

③ 独立野戦重砲兵第十五聯隊(十四年式十加)
 日支事変に際し、昭和十二年九月動員下令、中支戦線に派遣され、日支事変、大東亜戦争を通して中支戦線で活躍し、終戦を迎えて内地に帰還した。

④ 独立野戦重砲兵第二十二聯隊(九二式十加)
 昭和十五年十二月編成下令、満州に派遣されて関東軍直轄の砲兵隊に編入、昭和十六年七月動員下令、関東軍第三軍の指揮下に入る。その後昭和十九年七月に本隊は比島に転用され、留守隊は北満の防衛に当たる。

⑤ 独立野戦重砲兵第八聯隊(九二式十加)(第二次)
 関特演のため昭和十六年七月動員下令、北満に派遣され、その後南満州を経て台湾に集結、大東亜戦争開戦と共に比島に進攻、マニラ攻略、第一、第二次バターン攻撃に参加して、昭和十七年七月復員した。

⑥ 独立野戦重砲兵第十六聯隊(十四年式十加)
 昭和十九年七月動員下令、台湾の防衛に当り、終戦を迎えて内地に帰還した。

⑦ 独立野戦重砲兵第八聯隊(九二式十加)(第三次)
    昭和十九年七月動員下令、本土防衛に任じ、飯能付近に駐留す。

◎解隊
 大東亜戦争の終結により諸部隊は昭和二十年八月十五日解隊し、創立より満二十三年の歴史を閉じた。
                                    (島津 武)

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