戦 友 会

03.戦 友 会
 「職」を辞してからの私は専ら健康の回復を重点にしたスケジュールを組んだ…。長年勤務した建設会社の…社内ブロック別の競争意識は、新規工事獲得と利益率の上昇を追及される一方、得意先関係者の要求度に応ずる就労消化率は、平均を上回る苛酷な数字であり、受注産業の宿命的な逼迫感に耐えてきた鬱積が、循環器系統の持病を悪化させたばかりか、長年月…バランスを欠いたい労働で痛めた腰痛にも苦しんでいた…。長閑に広がる田園風景を胸いっぱい吸いながらのサイクリングは絶好の運動であった。…水戸市の最北端にある侘住まいに移ってから二十年、原生林を背にした静寂なこの地が気に入り、暮らしてきたが、心労を癒すリハビリ生活には最適の場所となった…。「夢かと疑う、孤独の楽しさ…」に浸る安堵感は、昨日までの「緊張」から開放された私に建設現場の「喧騒と焦燥」を忘れさせ…「個人の自由」を教えてくれた…。そして…「春夏秋冬」を二巡するまで、黙々と自然療法を続けた甲斐あって、私は息災を維持してはいたが、生きる意欲を保つ為には…片時も怠慢が許されないことも知った。…………………。…昭和六十二年四月十六日。…戦友会の通知を受け取った私は…何故か…動揺した。四十二年前に壊滅した筈の「旧軍隊組織」が恰も存在しているような錯覚に陥ったが、忘れかけていた「トセ部隊」の印象は、取り留めのない記憶で…掴みようがなかった…。「この『会合』の目的は一体なんなんだろう…?」…私の身に染みついた俗念は、勃然と浮かび上がる猜疑心と、素直に受けとめられない警戒心が当然のように働いて、何度もその手書きの文面を読み返していた…。「この方はどんな手蔓で、この私を捜し出したんだろうか?」…他の人にも連絡を取ったり、会合などもしているらしいが…、油断はできない…。終戦前後を回想しても…「旧軍隊」は確かに、この世から抹殺されたのである…。…あの「連帯感」だけを拠り処にしていた「集団」が、形を変えて…現代に出現したのだろうか…、?…それとも他に…どんな理由が…あると言うのか……。私は…この葉書に異常な関心を抱いた。…四十数年前に別れたきり、普通社会の生存競争に明け暮れて…思い出す余暇もないような煩雑な時間が長過ぎて…戦友の姓名や顔も、急には蘇ってこないし、第一…それほど過去の「軍隊」に対して、特別な感懐を抱いていたとも思えない…。…戦友と云えば…在りし日の…古参兵だった鳥居政夫氏の雄姿を偲び…、公私に跨がる濃密な関係を追想するくらいで、具体的には細密な記憶は殆ど浮かんでこないのである。然し、断片的に思い出されてくるのは…裂帛の気合いで「凄惨」な進撃をした「血沸き肉躍る湖南戦線」の日々であり、死に物狂いの場面が次から次へと連鎖的に蘇ってきた。 …命懸けで…戦場を彷徨していた若い自分が懐かしく、あれこれと想いを巡らせる。その葉書の差出し人の「能勢寧方」氏には記憶がなかったが、他には顔見知りの者は誰と誰が…生き残っているのだろうか…。…何人の戦友に会えるのであろうかと…想像しても、四十年の空白期間は私の人生では古過ぎて…今浦島を連想する…寂寞とした観念が…徐々に私を冷静にさせた…。四十二年ぶりの懸念を一気に振り払えたとしても、失われた青春が今更、元に戻るものではないが「怖いもの見たさ」の好奇心と、青年のように弾む欲望が疼いていた。それにしても…「能勢寧方」氏の往年の容姿が何としても思い浮かんでこないもどかしさが「胸」に支えて…疑念が晴れないのである。…想いを変えれば…戦後期の社会が如何に凄絶だったかを証拠づけることにもなる。…軍隊時代のような短絡的思考では現代の複雑怪奇な社会構造を喝破するのは不可能で、会社経営上の理念が、利益の追従と、同業他社との対立闘争なので、上からの指令に呼応する生産現場の社員は苦心惨憺の努力をしなければならない…。戦後の数年間は食う為に働き、経済状態が安定してくれば、組織力の為に…自己の安穏な生活は犠牲にしても上司の要望に従い、昼夜を度外視して務めるのが社員の道だった。…私の学力や知識不足から、勤務年限の全期を現実に悩み…、実務に追われて…「戦争と兵隊」の過去を想起する余裕を失っていたのは…愚かなことだが…事実である…。…建設現場の運営は、年々、高度の進歩を続け、技術はより機械化し、統計的数値は電算化し、連絡情報システムがハイテク化していく中で、捨て切れない手作業の部分も多く、而も…常時、工事には危険が付き纏い、多種目技能職の連携プレーだから作業はきつい、それに、建設廃材の処分問題等…マスコミ関係者に格好の報道材料を提供するような事件に繋がるので窮迫観念に陥り易く、一日たりとも神経の休まることがなかった。…だが…、定年退職すれば複雑な諸々から切り離されて…全く無縁の人になって了う…。何は無くとも無事息災で、自己中心型の暮らしは…全てが趣を異にしていた…。「能勢氏」が、どのような調査方法をしたのか…知る術はないが「トセ部隊」の存在を喚起させて…老いの身心に「活」を与え、遠くなった青春時代の記憶を覚醒させて、思いがけない新鮮な気分に戻ったことは間違いない。素直に解釈すれば、平凡な「戦友会」に参加の意志を打診しただけではないのか…。それほど目くじらを釣り上げるような必要はないと考えて良いのかも知れぬ…。…一枚の葉書に賭ける彼の努力に対する礼儀としても…挨拶文を送るのが筋道であろう。私は…返信用の「はがき」を前に置き、ボールペンを走らせた…。『拝復、お訣れしてから四十二年も経ち…、もう再会は諦めて、今日まで暮らして参りましたが、私ごときをよくぞ思い出して下さいました。ご苦労の程を感謝すると共に厚くお礼を申し上げます。お便り頂いた五月九日の三中隊会の詳報を、何卒至急お知らせを、お願いします。小生は現在、会社も定年退職し、只今は一人暮らしです。毎年、終戦記念日を迎える度に当時を懐かしんでおりました。先ずは近況お知らせまで、早々…』…終戦してから、復員以後…。膨大な時間が消耗されて、目紛るしく世相は変遷したが……今となっては…あの当時の粗暴の振る舞いが、逆に懐かしく思えたり…するのである。「自己」の思い出を遡るのでさえ難儀なことなのに、他人様の昔の行動ともなれば…尚更に…曖昧な回想で…適当な憶測判断をしたり、勝手な批判をすることは控えたい…。幾多の悲喜劇に翻弄されながら、人生を流転した自分の過去を反省すれば…「能勢氏」以外にも根こそぎ忘れている「例」が…まだ他にあるかも知れない…。人間不信を論う前に、自身の不実を懺悔した方が、隠遁の身には相応しいかも知れぬ。…私は…返信用語に気を配り、何度も読み返しては一人合点しながら投函をした…。四日後…。私の手もとに届いたのは…往復ハガキに印刷された立派な案内状だった…。
       トセ三会 開催のお知らせ
  新緑の侯 貴台益々ご清栄のことと拝察し、お慶び申し上げます。
 さて、記念すべき第十回の会合を左記の通り開催いたします。万障お繰り合わせの上多数ご出席下さるよう、ご案内申し上げます。
          記
  日  時  昭和六十二年五月九日(土)~十日(日) 一泊二日
  場  所  山梨県 石和温泉 「君佳」(きみよし) にて
  T E L  (0五五二六ー三七五七)   石和町川中島温泉通り
  集合時間  温泉旅館「君佳」  一六時迄に。
  会  費  一万五千円  当日受付けにて。
  交  通  中央本線 石和駅下車 徒歩十分
  ※ 追 伸  準備の都合上、四月二十六日迄に出、欠を必ずお願いします。…末尾に…幹事役五人の氏名が列記されていた。然し…、そのうちで、三人の氏名に憶えがあったが、その顔や容姿までは思い出せず、後の二人に至っては初めて見るような気がするのである。これは私が「第三中隊」に在籍した約一か年のうち、実質的な勤務期間が四ヵ月ほどで、作戦間の移動とか、終戦後の環境に大きな差があるから無理もないことで…、感懐が薄いのも止むを得ない。而も…その上、歳月の隔たりがあるので…その記憶も薄れたのである。…葉書を見て…昔を回想していると…その「トセ三会」に私は賛同したくなった…。…逡巡はしたけれど、思い直して…応諾する…気分になったのである…。…それに…この葉書が若しも…「トセ三会」発会当時の十年程前に届いたと仮定したならば、私が…どんな反応を示していたのだろうかと思わずに…いられなかった…。…………………。…一九七五年(昭50)…。漸く私が建設業務に慣れた頃…、世の中はもう「戦後」と云う言葉を忘れる程驚異的な発展を遂げていた…。…華麗な日々は、繁栄と享楽が交錯して沸き返り、永年の「日本列島改造論」が、街起こしの骨幹となって、活気に燃える高度経済成長期の頂点を迎え、日本中が高級指向の栄耀栄華を追求して止まることを知らぬ好景気であった…。建設業界の巨大ビル建設ラッシュは、全国地方都市の隅々に至るまで行き渡り、農漁村の小学校さえも、壮大な三階建ての鉄筋コンクリート造りを誇り、私たちは相次ぐ工事を連続的に受注して…各地を転々と移動していた…。人手不足で苦労しながら、重なる疲労を癒す時間も惜しいような多忙であった。…応援人員も不足がちで、煩雑な業務に耐えながら…この身体だけを頼りに働いた…。…使命感に燃え、誇りと自信に満ちた現場運営の日々は、工事進行の行く手に起ち塞がるあらゆる悪条件も臆せず怯まず、積極的にそれらを排除して、不可能を可能に変えるべく昼夜を通して精力を傾注し、工事完成と利益の追求に、チーム全体が一丸となっていた。…その猛烈社員時代の私が「戦友会」に応ずる二つ返事の心境になれたであろうか…。「建築契約工期」を厳守することは…社是の第一項目だったから、例え悪天候が続いても工期遅延の理由にはならない。信用を確保し、責任分担を果たす予定工期がずれ込んだ日数を取り戻す為には深夜作業は…毎度のことで…休日返上も珍しくなかったのである。…スクラムを組むチームメート全員が同調して、現場を離れる者などいなかった。そればかりか…、私は私生活に呻吟し、懊悩していた時代でもあった。…一九七一年(昭46)三月…。妻が…「胃癌」で急逝した時は…、如何に業務煩雑と云えども、定められた一連の葬儀行事だけは…済ませたが、悲愴な心境で苦悶する私を…特別扱いして…応援社員が派遣されることなど…望むべくもない…。山積する業務書類を抱えながら、心の痛手を独り隠れて耐え忍び、不運な人生を嘆息していた頃で、業務との板挟みに苦悩する期間が、その後三年も尾を曳いて、晴れ晴れとしない日が多く、辛い生活だったが…努力した甲斐があって…業績だけは伸ばしたけれど、循環器系統の持病を抱えながらの私は、内服薬を手放せない不本意な身体だった。…その頃…。業務分割地区の旗頭になる…工事課長の「松本克己」氏は、複数の建設現場を巧みに統括して、現業経営に辣腕を揮っていたが、この方は細心にして大胆な上司で、私にとっては…公私に渉る最大の理解者でもあった…。…高年令の部下を厭いもせず、むしろ…社会経験の豊富なところを信用して、経理部門と庶務関係の全部を私に任せるなど、部下の能力を最大限に引き出す名人で…その采配下に居たお蔭で、虚無感に陥りそうな私が、脱線せずに済んだのである。妻を失った衝撃は年月を挟んでも簡単に沈静しないばかりか、内面的には自暴自棄の懐いがあったので、ともすれば…自己を喪失し易い処だったが、業務に忙殺されたるが故に…責任感を見失うような醜態を人前に曝すことはなかった…。…十九年前(昭27)に起きた「鳥居大錦堂」の事業倒産に因る失業で、困窮した時には献身的な妻と…愛しい幼子二人を抱えて…、遮二無二…生き抜いた時代もあったのだが、…「建設現場」の…単身赴任勤務は長期的なものだから、その昔の…独身時代に「世」を拗ねた私が、アル中同然の自堕落な生活に浸り、身勝手な孤独感で…市中を漂泊歩いた頃よりも…辛く侘しかった。未成年の我が子二人を水戸の住居に残して…殺伐とした業務に連日没頭したのたが、激務が雑念を打ち払ったのだと解釈すれば…この運命に「感謝」をしなければなるまい…。 …あれから更に十年余りの月日が経過した…。…それ以来…、不幸感で慟哭した痛手も…日一日と薄紙を剥ぐように和らいだ。…愛娘の結婚、…そして出産…それに伴う嫁ぎ先への義理立てやら…息子の進学、卒業、就職…と年月を感じさせない程、畳み込んだ…諸事万端に追い巻くられて来たが………。私自身も勤務年限が来て定年となり、再雇用された七年間の現場勤めも…昭和六十年三月に明け番を迎える時期が訪れ、円満退職したが…個人になると、何処からの風も当たらぬ毎日は…過去とは一変した微々たる暮らしに変わった。質素な年金生活だが…悲観的な、ひ弱な考え方に陥ることもなく、長年堪え続けた拘束観念から解放された自由時間を、満喫する我が身を見直せば…この貴重な人生観も…一応は生業を為し逐えた…老年者のみが知り得る爽快感である。…社会活動から隔離された訳ではないが、私の出番が予定されるのは日常のお買物程度のもので…十年程前の生活を回想すると懸け離れ過ぎて…感慨無量だった…。…私は…「戦友会」の案内状を前にして…現在の自分を殊更に意識した…。「出席します」…そう記入して…返信葉書を送り返してはみたものの「旧軍隊」に格別の愛着や、とりわけての郷愁があったとは思われない…。そもそも…「戦友会」は…如何なる存在として捉えればいいのであろうか…。…それは…現代の平和と国際的な交流が生産意欲を活発にした平均的な国民の富裕性を基点に…改めて…あの「旧軍隊」を見直すべき必要性があるのかも知れぬ。…意欲旺盛な壮年時代の私は…社会の変動に挑戦したり、相手方の駆け引きや…からくりを捌いて…利益の追求を図ることが、受注産業に従事する者としての使命であった。だが、そのような積極的な業務従属思想も…離職すれば萎え凋んでしまう…。…個人的な人生の終末街道へ…ひっそりと向かう…この年輪にうなずきながら、忍び寄る老衰現象を何よりも…怖れ戦いているのが私の実態なのである。…現役活動を引退し、隠棲をも甘受した現在の生活に「戦友会」は、新しい「活力」を取り込む要素になるのであろうか…。その昔の戦友に、再会する意義は「大」であることを…期待してもいいのか…。然し、直ぐその後から…それを打ち消すシグナルが点滅している…。…私には…常軌を逸するような突飛な冒険心など…もう…とっくに枯れ果てている。唯々…昔日の兵隊時代を述懐するだけで…満足と…しなければならない…。…軽い気分で温泉に浸るだけを目標にしていれば事足りると悟るべきなのだ…。刺激の少ない日常を、いささかなりとも色づけして…活気に繋げれば良いのである。

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